誤訳の泉

HOME > 誤訳の泉:第5回 和訳編:「historical」は「歴史的な」?

第5回 和訳編:「historical」は「歴史的な」?

「historical」という語も、いろいろな場面で頻出する単語です。

「These capabilities help businesses and government agencies analyze trends and patterns found in historical and current data.」新製品のプレスリリースに、このような表現は非常に多く見られます。これを「このような機能によって、企業や政府は歴史的および現在のデータに見られる傾向やパターンを分析することができます。」と訳す翻訳者が非常に多いです。

「歴史的および現在のデータ」という日本語を見て、「どういう意味だろう?」と疑問に思えば、ここは再考することができるはずです。いつものように辞書を見てみましょう。

<日本語の定義>
大辞林で「歴史的」を引いてみると、

  • 歴史に基づくさま。歴史にかかわるさま。史的。* 「―研究」* 「―に検討する」
  • 歴史に残るほど重大であるさま。「―大事件」「―な一瞬」「―転換」
  • すでに過去のものとなっているさま。「―な存在」「―風俗」

とあります。

<英語の定義>
ジーニアスで「-est」の項を見てみます。すると、

  • 歴史の, 歴史に関する;歴史的な;〔言語〕通時的な(diachronic);〈本・映画などが〉過去の出来事を扱う(【略】 hist.)《◆「歴史博物館」は a history museum, 「歴史書」は a history book》_〜 research 歴史的研究/a 〜 account 歴史的説明.
  • 史実に基づく;歴史上実在した_a 〜 painting 歴史画《◆a historic painting は「画期的な絵画」》/a 〜 person 歴史上の人物」

とあります。

さて、今回はこれだけでは釈然としません。「historical」の第一義として、確かに英和辞典に「歴史的な」が出ているのです。このために誰でもが「歴史的な」を使うのだと思うのですが……。

でも、上にも書きましたが「歴史的データ」ってなんだろう?と、そう思いませんか? 意味がわかりますか、この訳語で? 歴史的データって何のこと? じゃあ、なんと訳せばいいのか? ……さて、今回はちょっと難しいですね。

ちょっと発想を変えて考えます。historicalはhistoryの形容詞なので、ここで「history」と「歴史」をもう一度引いてみます。困ったときは辞書頼み。

<日本語の定義>「歴史」大辞林より

  • 人間社会が時間の経過とともに移り変わってきた過程と、その中での出来事。また、それをある秩序・観点のもとにまとめた記録・文書。*「―に残る大事件」*「―上の人物」
  • ある事物が今日まで経過してきた変化の跡。経歴。来歴。*「歌舞伎の―」
  • 「歴史学」の略。*「――は繰り返す」o過去に起こったことは、同じような経過をたどって、何度でも起こるものである。ローマの歴史家クルティウス=ルーフスの言葉による。

<英語の定義>「history」ジーニアスより

  • 歴史;(歴)史学;_(歴)史書(【略】hist.)_All through 〜 people have used garlic for healing. すべての歴史を通して、人々はニンニクを病気の治療に使ってきた/ancient [medieval, modern]〜古代[中世, 現代]史/H〜 shows that … 歴史は…ということを示している/There is a 〜 in all men's lines.〈2H4. III. i〉人はみなその生き方自体が歴史である/take several courses in 〜歴史の講義をいくつか履修する.
  • [通例 a/one's 〜](人の)履歴、経歴、前歴;〔医学〕病歴;由来、沿革_a personal 〜 履歴(書)/one's life 〜(人の)生涯、生活史/He has a 〜 of criminal activity. 彼には前科がある.
  • ((略式))過去のこと、済んだこと.
  • 体系的記述_natural 〜 博物学.
  • 物語;((古))史劇.
  • 歴史に残すべき[画期的な]事柄.
  • 〔コンピュータ〕履歴、ヒストリー、検索記録.

ここで、英語の「history」の2番目の定義を見てみましょう。「(人の)履歴、経歴、前歴」、さらに3番目の定義だと「過去のこと、済んだこと」。さらに7番はもっともわかりやすいかもしれません。「〔コンピュータ〕履歴、ヒストリー、検索記録」そう、つまり「過去にあったこと」がhistoryというわけなんですね。わかってきました。

ところが、日本語の「歴史」は、直接この意味を表しているわけではありません。(2)の「ある事物が今日まで経過してきた変化の跡。経歴。来歴。」が近いのですが、「歌舞伎の歴史」という例を見ると、「何かがたどってきた道のり全般」と受け取るのが自然です。

「history」と「歴史」を辞書で比較してみると、英語の「history」は「過去にあったこと(の記録)」なのに、日本語の「歴史」は、いわゆる学問の「歴史」のほか「たどってきた道のり」という意味になると、そういうわけです。

ここで最初に戻ってみます。「歴史的データ」とはどういう意味か? というところですね。「historical data」をどう訳せばいいのかというところで大ヒントになるのが、historyをジーニアスで引いた7番目の説明。「7.〔コンピュータ〕履歴、ヒストリー、検索記録」。そう、コンピュータ関係なら「履歴データ」でしっくりくることも多いはずです。では、最初に挙げた例文「These capabilities help businesses and government agencies analyze trends and patterns found in historical and current data to drive new forms of competitive advantage.」ではどうか?というと、「このような機能によって、企業や政府は過去の、および現在のデータに見られる傾向やパターンを分析することができます。」そう、「過去(のデータ)」ということなんです。特にhistorical and currentと並列で記されている場合は、まず「過去と現在」を指していると見て間違いありません。

このほか、historical dataは文脈によって「事実に基づく情報」とすることもありますし、「史料」ということももちろんあります。とにかく、辞書の語をそのままタイプするのではなく、どういう意味で使われているのか?そしてそれにふさわしいターゲット言語(この場合は日本語)はなんなのかということを把握してから訳文に落とし込みましょう。

<例文>
では、historicalを「歴史」と訳せる例文を辞書の定義に従って2つ挙げておきます。

  • Don't ask the professor how to conduct historical research. Do it on your own.
    「史学の研究を行う方法を教授に聞いてはならない。自分自身で開発することだ。」
  • The heroine in this book is not a historical person. She is only a creature of fantasy by the author.
    「この本のヒロインは実際の歴史上の人物ではない。彼女は、単に作家の空想の産物だ。」

ここで、「最大級」としてしまうとどうなるか。上の<日本語の定義>(2)をもう一度引用します。「(2)そのものに匹敵するものであることを示す。* 「大臣―の大物」*「プロ―の腕前」とあります。「大臣級」とは、大臣そのものではありません。同じく「プロ級」というのも、プロではなく「(アマチュアだけど)プロと同じくらい上手い」という意味ですね。

つまり、「最大級」としてしまうと、「最大のものと同じくらい」であるという意味になります。「ただひとつの地位である最大」ではないことになってしまうのです。よって、英語の最上級、the largestの訳語としては「最大」を使う。これは中学校で習う文法です。たまには初歩の文法の復習をしてみるのも、目から鱗が落ちる体験になることでしょう。

ページの先頭へ戻る

翻訳サービスに関するお問い合せ先

Copyright © 2010 Dynaword Incorporated―All Rights Reserved.