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第6回 英訳編:「アピールする」はappeal?

「アピールする」という外来語を英語のappealに翻訳できる場合ももちろんありますが、そうではない場合も少なくありません。ここでは、日本語の「アピール」の特別な(英語にない)ニュアンスを取り上げてみようと思います。

辞書で調べるだけでは、ニュアンスの違いが明確にはなりません。というのは、日本語の国語辞典の「アピール」の定義と英英辞典のappealの定義は、基本的に同じなのです。

では、辞書の定義を見てみましょう。

<日本語の定義>
スーパー大辞林で「アピール」を引いてみると、

  • 世論に訴えること。人々に呼び掛けること。呼びかけ。(例:「平和へのアピール」)
  • 受け取る側の心を打つこと。(例:「この本に読者に強くアピールするものがある」)
  • 訴えかける力をもつこと。魅力があること。(例:「セックスアピール」)
  • 運動競技で、選手が審判に判定についての不服を申し立てること。

とあります。

<英語の定義>
一方、Oxford Dictionary of Englishでは、動詞としてのappealは以下の通りに定義されています。

  • To make a serious, urgent, or heartfelt request (Examples: “Police are appealing for information about the incident”; “She appealed to Germany for political asylum.”)
  • To try to persuade someone to do something by calling on (a particular principle or quality) (Example: “I appealed to his sense of justice.”)
  • To be attractive or interesting (Example: “The range of topics will appeal to youngsters.”)

(以上は法律関係で使用される場合を除いた定義です。)

<「アピール」と「appeal」の共通点>

以上の定義から明らかなように、「アピール」の使い方が元のappealの意味に対応しているケースが多いため、そのように英訳してもまったく問題は起きません。

しかも和英辞書で「アピール」を調べると、ごく普通の英語の文章が出ています。例えばジーニアス和英大辞典では、以下の(自然な)例文が載っています。

  • 組合は男女の機会均等を経営者側に強くアピールした。
    The union made a strong appeal to management for equal opportunities for male and female workers.
  • 若者にアピールするデザイン
    A design that appeals to young people
  • 監督は審判に激しくアピールしたが、認められなかった。
    The coach made a strong appeal against the decision but it wasn’t allowed.

要するに、「アピール」を英語のappealに翻訳できない、ということはもちろんないということです。

<「アピール」の特別な意味>

では、「アピール」を英語のappealに翻訳できないのは特定のどんな場合でしょうか?

これは、次のような文章の場合だと思います。

自社の素晴らしさを学生にアピールする。
新商品を若者にアピールする。

つまり、「Aさんが、ある物(あるいは物の特徴)をBさんに強調したり、説得しようとしたりする」時です。

一見すると、この使い方も英語のappealに対応しているように思えます。しかし先述の文章を直訳すると、次の極めて不自然な英語の文章になってしまいます。

We appealed our company’s great qualities to students.
We appealed the new product to young people.

上記の日本語の「アピールする」は、ある意味で、英語の辞書の三つの定義を組み合わせた使い方です。というのは、この例文において、Aさんは、魅力的(attractive)なものをBさんを説得する(persuade)ために要求しています(making a request)。

そして上記の英文は、ある意味で、和英辞典に載っている「若者にアピールするデザイン」(A design that appeals to young people)をひっくり返した形の文になります。つまり、「デザインを若者にアピールする。」

もちろん、二つの文章の間には意味の違いが存在します。前者の意味とは、そのデザインは「訴えかける力を持つ」、「魅力がある」ものです(スーパー大辞林の三番の定義)。それに対して後者は、ある主語(会社など)は、そのデザイン(の魅力)を若者に見せたり、主張しようとしている、ということになります。

いずれにせよ、日本語ではどちらも自然な表現です。それに反して、英語のappealは前者のみに適応する語であり、後者の日本語を直訳すると

We appeal our design to young people.

のような、違和感を与える英語になってしまいます。

これには、二つの理由があると思います。

まずは文法的な理由です。つまり、日本語の「アピールする」は他動詞であり、「自社の素晴らしさ」や「新商品」といった語が、「アピール」に対する目的語になります。それに対して、法律関連の使い方(appeal the caseなど)を横に置いておくならば、appealはほとんどの場合で自動詞として使われています。だからこそ、appeal our designという英語の使い方が存在しないのです。

二つ目の理由は、「気持ちのレベル」にあります。appealを「世論に訴えること」と「受け取る側の心を打つこと」という意味で使うと、重大なテーマに対して、真剣な気持ちで行われる出来事という内容に対応することが大半なのです。

つまり、appealの場合は、困っているAさんは、助けてくれる力を持つBさんに助力を求めます。しかも、上記のOxford Dictionary of Englishの定義から、この要求はserious(重大な)であり、urgent(緊急の)であり、heartfelt(心からの)ものなのです。そして、助けを求めるAさんは、Bさんの道徳意識や人間性といったprinciple(主義)またはquality(性質)に呼びかけて説得しようとしているのです。

そのようなかなり真剣なケースと、「新商品を若者にアピールする」という場面は明らかに異なります。確かにこの場合でも、Aさん(会社)はBさん(若い消費者)の「助け」を求めますが、それは「商品を買ってほしい」というレベルの話です。この場合Aさんは、真剣な状態に直面しているわけではないし、「弱い立場」にいるとも言えません。

従って、そのようなシチュエーションで、We appeal to…のような文章構造はふさわしくない(=重すぎる)ケースが多いのです。 (ただし、上にただし書きを入れたように、スポーツ用語および法律用語としてのappealの使い方もあって、その場合にはさほど「真剣な」願いでもない場合があります。)

<「アピール」に関する提案>

以上、特別な意味での「アピール」をどのように英訳したらよいでしょうか?

まず、その意味をしっかりと考えるべきだと思います。先述の「デザインを若者にアピールする」の場合、アピールする会社は、自社のデザインの素晴らしさや魅力に対して、若者の関心を引こうとしています。

そのような意味を表すためには、英語ではhighlightとかshowcaseの語を使います。例えば、簡単に訳すと

We are showcasing the design to young people.

という文章も使えます。つまり、その商品は特に若者を対象にする、という意味です。場合によっては、「アピールする」をemphasize(強調する)と英訳することもできます。しかし残念ながら、特別な意味での「アピールする」を毎回使える、決まった英語の単語というのはないと思います。

ですから、一つの有効なアプローチとしては、まずその日本語の意味を考え、「アピールする」を別な日本語の単語(先の「強調」など)に言い換えてからそれを英訳する、という方法が挙げられると思うのです。日本語の「アピール」に出会ったら、今度はぜひこの方法で訳してみてください。

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