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第9回 英訳編:「チャレンジ」は「challenge」?

「チャレンジ」というカタカナ語は場合によっては単なる外来語に過ぎませんが、使い方によってはいわゆる和製英語に変身してしまうことがあります。今回は後者に注目したいと思います。

まず、典型的な和英対訳例を見てみましょう。

例1a 新しい領域にチャレンジしていくことが私たちの使命だ。
Our mission is to challenge new areas.

例2a 「チャレンジ目標」
"Challenge Goals"

例3a 先駆的な取り組みにチャレンジする都市
Cities challenging pioneering initiatives

上記の和文原文と対訳英文は代表的な例であると言えるでしょう。英訳をぱっと見ると対応しているように見えますが、実はいずれも意味が通じないか(1、2)、和文と違う意味となっています(3)。なぜ間違っているのでしょうか。辞書を引いてみましょう。

<チャレンジ>
(英challenge)挑戦(ちょうせん)の意。特に諸競技で、選手権保持者に挑戦すること。
(国語大辞典(新装版)©小学館 1988)
【名・ス他】試合を申し込むこと。戦いをいどむこと。挑戦。
(岩波国語辞典第六版)

  • 挑戦すること。試合などを申し入れること。「新人選手の_を受ける」
  • 困難な問題や未経験のことなどに取り組むこと。「世界記録に_する」
    (大辞泉)

Challenge
verb, transitive

  • a. To call to engage in a contest, fight, or competition: challenged me to a game of chess. b. To invite with defiance; dare: challenged him to contradict her. 以下省略
  • To take exception to; call into question; dispute: a book that challenges established beliefs.
  • To order to halt and be identified, as by a sentry.
  • Law. To take formal objection to (a prospective juror).
  • To question the qualifications of (a voter) or validity of (a vote).
  • To have due claim to; call for: events that challenge our attention.
  • To summon to action, effort, or use; stimulate: a problem that challenges the imagination.

以下省略
(The American Heritage Dictionary of the English Language, Third Edition copyright © 1992 by Houghton Mifflin Company)

なお、今回関係する定義は1、2、6、7です。

例の1〜3は、いずれも国語辞書の定義に当てはまりません。これで分かるのは、「チャレンジ」が日本語に定着した時から、意味・使い方が少し変わってきたということです。

英語の場合は、「challenge」が他動詞として働いている際、目的語が人(競争相手など)か、整った・定着した考え方(信念、意見・主張など)か、限界のある知能(集中力、想像力、注目対象など)でないとなりません。

なお、名詞としての使い方は和英両語ともたいてい同じなので、ここでは触れません。しかし、留意するべきなのは、英語では「challenge」は形容詞として使わない(相当する形容詞は「challenging」)ということです。

さて、上記の内容を踏まえて、例1〜3を改めて見てみましょう。

例1a 新しい領域にチャレンジしていくことが私たちの使命だ。
Our mission is to challenge new areas.

例2a 「チャレンジ目標」
"Challenge Goals"

例3a 先駆的な取り組みにチャレンジする都市
Cities challenging pioneering initiatives

例1の場合、「challenge」の目的語は「new areas」ですね。「人」や「考え方」、「知能」ではないので、この点だけで英語として成り立っていません。その上、「new」はさらに違和感を与えてしまいます。なぜなら、「challenge」は「定着した」、「整えた」、「固まった」、「実績を上げた」ものを「相手」にする傾向が強いからです。この点について、また例3でも触れます。

例2の場合、「challenge」を形容詞として用いているので、これも成り立ちません。

例3は少し複雑です。まず、「initiatives」を形容している「pioneering」は例1の「new」と同様、「challenge」が普段対象とするものとは正反対です。また、厳密に言うと、目的語である「initiatives」は表面的に「challenge」が目的語として取れる語には当てはまりません。しかし、「initiatives」は何らかの考え方に基づいて計画されたはずなので、一応「整えた」ものと見なすことができます。そのため、違和感を感じながらも、英語としては成り立っています。ですが、その意味はもともとの和文とかなり異なり、「(流行りの)先駆的な取り組みに異議を唱える都市」となってしまいます

それでは、原文の意義を保ちながら、上の例をどうやって自然な英語に訳せばいいでしょうか?

例1b 新しい領域にチャレンジしていくことが私たちの使命だ。
Our mission is to take on the challenge of developing new business areas.

「To take on the challenge of + Vb-ing + NP」(またはTo undertake/tackle the challenge of ~ )は英語圏でよく使う決まった表現なので、ぜひ覚えていただきたいと思います。文脈によって「developing」や「business」は相応しくないかもしれませんが、代わりに別の動詞、形容詞を入れないと英語としては未完成なので、必ず適切な言葉を付け加える必要があります。

例2b 「チャレンジ目標
Special Goals または New Goals

「Challenge」を形容詞の「Challenging」に簡単に変えればいいのでは、と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、そうすると「達成し難い目標」という意味になってしまいます。ここでは、他に「○○目標」と列挙される項目がなければ、単なる「Goals」でも済むかもしれません。上記の訳案に「チャレンジ」に含まれる「チャレンジ精神」や「挑戦したい気持ち」が十分に出ていない、または違うニュアンスが出ていると思われる方も少なくないと思います。しかしこの場合、そのニュアンスを無理やりに書き出そうとして読者に通じない形(または違った意味)にするよりも、そのニュアンスを犠牲にして、核となる意味がきちんと伝わる形にしたほうが真のプロの腕を発揮したことになります。読者が訳文を読んで、訳文だと分からないものこそ、うまい訳文と言えます。

また、お気づきだと思いますが、訳案に引用記号("")が使われていないですね。英語の文章では、引用記号は文字通り、主に引用文にしか使われません。見出しを強調したい場合、その配置を調整したり、フォントサイズを大きくしたり、下線を引いたり、イタリックを掛けたりすることが一般的です。文中で項目名やキーワードを強調したい場合は、同じく下線やイタリック、太字を使う手がもっとも無難です。アメリカではこのダブルコーテーションマークを使うこともありますが、日本語のカギ括弧ほど頻繁に使うことはありません。(なお、アメリカ以外の英語圏では、強調機能として引用符を使うときは、シングルコーテーションマーク(' ')がもっとも一般的です。)注意していただきたいのは、引用を指す以外の文中でのダブルコーテーションマークは、その囲まれている語句が皮肉的に使われていることをしばしば示しているということです。*

*例えば、「He's "awesome" at karaoke.」は、彼はカラオケを歌うのは「一人前」だよ、という意味ではなく、彼は歌がものすごく下手だよ、という意味です!

例3b 先駆的な取り組みにチャレンジする都市
Cities embarking on pioneering initiatives

ここももちろん「take on the challenge of ~」の文型を使った「Cities taking on the challenge of implementing pioneering initiatives」のような訳出ができますが、見出しとしては長すぎてしまうため、適切とは言えません。

なお、英語における「challenge」、「challenging」などの正しい使い方を確認するには、Google検索をお勧めします。しかし、なるべく純粋な英語に限定するため、検索条件を注意して設定しましょう。(なるべく「フレーズを含む」で検索し、「キーワードを含めない」には「jp のは チャレンジ」などを入れ、「言語」を「英語」に設定すること。)

最後に参考として使用例を挙げておきます。「challenge」という語が英文対訳に出てこないことに注目していただきたいです。

チャレンジ  a challenge
彼はチャレンジ精神が旺盛だ  He is full of fight. / He is determined to have a good go at it.
チャレンジしたいスポーツが多い  There are many sports I want to try.
(プログレッシブ和英中辞典 第2版 ©小学館 1986, 1993)

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